「近づいてはいけないモテない男」だったころの話。

「某所」としか、今は言えない場所で投稿したものを、こちらで供養します。前回の、『もし僕に娘がいたら、「モテない男には近づいてはいけない」と教えると思う』で、「かつて僕自身がそうだった」と書きましたが、その頃のお話です。元の文をそのまま出してしまうのはかなりリスキーなため、大幅な加筆修正を行いましたが、アダルトな内容であることが普通な場所で公開したものなので、それでもかなり18禁要素が強いです。すこし特殊な性癖についても書かれていますが、性的差別を助長する意図はまったくないことを、予め言っておきます。また、性風俗についての記述があります。僕は性風俗と、そこで働く女性について、肯定的な考えをもっており、その前提で書いています。そういった表現に嫌悪感を抱くかたは、閲覧非推奨です。

 僕は、わりと若い頃から、10代~20代の女の子が苦手でした。いまでも、10代~30代くらいまでの女性とお話をするときに、気後れしそうになることがあります。
 小学校高学年くらいから、20代くらいまで、多くの青少年のご多分に漏れず、僕もその時々で好きな女の子がいました。年下のかわいい娘や、眼鏡の似合う同級生の委員長(眼鏡属性は彼女によってつけられました)等々。そして、その恋は全て、悉く破れました。「もし僕に娘がいたら~」でも書いたとおり、当時の僕は、今にして思えば「必死過ぎて怖い」男でした。

 頭の中をコンプレックスと性欲で一杯にした男に

「付き合うor DIE」

 って勢いで迫られたら、誰だって怖いですよね。
 10代20代の頃の、恋に破れた自分を、今なら俯瞰して見ることができますが、当時は恋に破れるたび、僕を受け入れてくれない女の子達への怨嗟を募らせ、更に鬱屈していきました。

 こうなるとバッドスパイラルです。時はおりしもバブル時代。
 3高、アッシー、メッシーなんて言葉が飛び交い、カネと学歴と身長の全てがなければ女の子と付き合えない位の風潮でした。冷静に考えれば、同じ人間。そんな女子なんて、いたとしてもホンの一握り。この手のステレオタイプは、未だにメディアが垂れ流しがちなので、電○と博○堂に対して、常に冷えた感情を抱いています。
 そんな鬱屈した青春時代。ある事件が起こりました。何をやったのかは覚えていないのですが、中学2年のとある日、クラスの女の子が僕を見て「気持ち悪い……」と言ったんです。

 クラスでもかなり美人の女の子でした。彼女がその美しい貌を歪め、生理的嫌悪を隠す事なく僕を「気持ち悪い」と言ったんです。

 すごく傷つきました。……が、同時にえも言われぬ感覚が、腰のあたりに沸き起こりました。その後10年以上にわたり、そのシーンは僕の「困った時のおかず100選」のトップ3に君臨し続けました。僕はその時、同世代の女の子への絶望と性的欲求が、なぜか結びついたのです。
 誰を好きになっても、彼女の放った「気持ち悪い……」がアタマをよぎりました。どうせ受け入れて貰えないならいっそ……と、自慰行為中の脳内での妄想は、どんどん凄惨なものになっていきました。この精神状態は、シリアルキラーの青少年時代によく見られる傾向でもあります。我ながら、実行に移すことなく、よく犯罪を犯さなかったと、自分で自分を褒めてやりたいです。僕の心の歪んだ鏡が作り出した幻影は、その一歩手前まで僕を苦しませ続けました。
 同世代の女の子への苦手意識は、20代の半ばまで引きずりました。激しい女性への苦手意識と憎しみを抱えながら、いや、抱えていればこそ、その一方で、女性を求める気持ちは募り、今思えば、もう気が狂う寸前でした。
 だからこそ、少しだけわかるんです。「もし僕に娘がいたら~」で書いたような気持ちでいる男子の気持ちが。
 まぁ、わかるだけで、「ダメ、絶対!」と思いますけどね。

 話を戻します。まだその苦悩の最中にいた僕は、それでもなお希望する女性の年齢は、年上はせいぜいプラス2~3歳まで。基本年下。でした。もうここまで書いたら恥もヘッタクレもないので言いますが、処女厨でした。
 要は、自信や余裕が、全く自分になかったんですね。他に男を知らなければ、バカにされることも見下されることもあるまいという、浅はかで身勝手な理屈です。自信のない男の中には、時々このように無自覚に失礼なバカがいます。とはいえ周りに女っ気は皆無。見渡せばオタ友(男オンリー)とエロ漫画とエロゲーのみ。

 20代に入り、エロゲーやエロ漫画も良くやりましたが、色々なものをプレイしたものの、強く惹かれたのは、妙齢の女性が、若い(幼い)男の子を貪る的なヤツ。こんな風に貪られたい、という気持ちは、キレイな言葉で言えば、「求められたい・必要とされたい」という気持ちだったのかもしれません。
 当時の僕の職場は接客業で、スタッフにも顧客にも女性がいましたが、僕の不出来や、「歪んだ鏡」のせいもあったのでしょうが、女性スタッフからは、日常的に叱責やイジメをうけており、むしろ女性不信が酷くなってしまう環境で、僕の女性への恐怖心は、さらに大きくなりました。

 その悶々が終焉を迎える時が訪れます。覚悟を決めたのです。もう自分は、このままでは女性と、付き合うどころか話すらできない、と。一念発起し、自分の問題と向き合うことにしました。実際、当時の僕のコミュ障っぷりは酷いものでした。グラビアの女の子とすら目を合わせられないって、信じられますか? そんな風だったんです。

 まずはグラビアの女の子の目を、じっと見つめること。続いてTVに出ている女の子。女の子、というか、人間と話す以前の、目が合う・目を合わせるという段階から。そのあとは、お店に入って、男女問わず店員さんに質問しまくって、場数を踏む。コンビニ、書店を経て、アパレル店へ。
 バカみたいでしょ? でも必死でした。それらの訓練を経て、僕は其処に向かいました。

 ソープランドへ。

 お相手頂いた女性は、不幸にも今日が初めて。というか、さっき面接を終えたばかりのほぼ素人の人でした。おたがい、ある意味「初めて同士」でワタワタして、立つべきものは立たず、フニャフニャのままなんとか……という散々な初体験でしたが、それでも感無量でした。夢にまでみた女性のカラダを抱けたのですから。

 脱童したものの、相手もいない女の子が女の子と時間を過ごすには、性風俗店に行くしかありません。狂ったように、どこかしらの風俗店に行き、色々なタイプの女の子とお手合わせを願いましたが。それでも、若い娘では全く反応しませんでした。メチャクチャ可愛い娘でも、むしろ、整った容姿の娘ほど、ダメでした。

 ある時、ふと思い立ち、全く違う系統の店に行ってみることにしました。そのお店に在籍の女性は、平均年齢40代半ば。30代なら若手という、俗に言う熟女店。そこで、No1の女性にお相手頂きました。

 潔癖な人ならば眉を顰めるようなお話かもしれませんが、初めて、泣きそうな喜びを感じました。それまで、そんなにも誰かに優しく抱かれたことはなかった。そんなに「自分の方を向いて」くれる女性はいなかった。感動しました。嬉しかったです。もちろん、向こうはお仕事。ぼくも、良い意味でも悪い意味でも、性的サービスと恋愛感情を分けて考えられる様になっていたので、惚れた腫れたの感情は一切起きませんでしたが、女性から「人間扱いしてもらえた」という自己肯定感を、少しだけ得ることができました。

 その経験は、女性全体への絶望と嫌悪から僕を救いはしたものの、若い女性への苦手意識は、さらに強化してしまいました。熟女だから優しいというワケでは、もちろんないです。ホントに、本っ当ーーーーーーに酷い人もいました……。そんな時代に、10歳ほど年上の一人の嬢と仲良くなって、彼女が鬼籍に入るまで十数年以上、友達関係(お店で会った以降の性的関係は一切なし)になったりもしました。彼女については、別の機会に書いてみたいです。

 けれど、しばらくすると、風俗通いの日々に、一気に虚しさを感じました。どんなにお金をかけても、それは、僕が本当にほしいものではなかったんです。
 お店の中で、いろいろなことをしても、後に残るものはなにもない。本当の名前すらしらない。肝心の「彼女」のことは、なんにも知らないまま。ガッツリ恋愛しましょ、とか結婚前提で、とかじゃなくても、人と人がある程度ちゃんと向き合ったら、お互いを知ろうとするはず。知りたいとおもうはず。

「人肌恋しさ」。こればかりは一人では癒せないし、相手がいない人が、お金払ってでもそれを求めたがる気持ちは、わかる。胸が締め付けられるほどに。けれど、人のぬくもりをお金で買っても、ココロの穴がどんどん広がっていく。
 だって、このぬくもりは、「僕のためのもの」じゃない。だから、ひととときの時間が終わったら、煙のように消えてしまう。だから、麻薬のように何度も何度も求めてしまう。風俗狂いになってしまう人の気持が、僕は少しだけ分かる。

「後腐れない」のは、確かに楽かもしれない。けれど、心の通わぬ100人の相手と、その場限りの夜を100夜過ごすより、100日かけて互いを全力で知り合おうとした方が、きっと満たされる。時間をかけて、僕の独り相撲ではなく、僕と誰かでお互いに築き上げた信頼関係は、きっと心を支える何かになる。

 悲しいけれど相性というものもあるし、片思いもあるものだから、時間をかけて関係を築いていくことが困難だな、と感じることはどうしてもあるけれど、相手を知りたい・知って欲しい、とい思う気持ち。お互いの需要の問題もあるから、「知って欲しい」を押し付けちゃダメだけど、「相手を知りたい」という欲求すら満たせない関係は、奥底にへばりついた僕の悲しみの本質を癒やすことはできなかった。

 僕の中の歪んだ氷の鏡は、その後にできた初彼女(2ヶ月程で別れてしまったけど)と、その後妻となる2人めの彼女が溶解してくれました。そういう女性たちに出会えたことは、とてもラッキーだったのだと思います。こんなおかしな遠回りをすることなく、早い段階で本質をとらえて、自分に必要なもののために注力できるのが、一番いいです。

 くどいほどに何度も言いますが、結局は、「歪んだ鏡」が見せる幻影によって、心が翻弄されてしまっているだけで、世界自体はなにも違ってはいないんですよね。だから、とにもかくにも、なるべく早い段階で、その鏡をブッ壊すことが必要なんです。

書評のようなもの:「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」

 僕がこの本を実際に読んだのは、2020年8月。正直、本作について語るには、その当時でさえ遅きに失していた感はある。すでにYou Tubeで中田敦彦氏がエクストリームに解説していたし、感想や書評は、少し検索すれば、いたるところで見かける。なので、今回はあらすじには触れない。未読の方は、他の方のレビュー等も参考にしつつ、興味を持っていただけたら是非手にとってみてほしい。

 本書の発行日は2019年6月20日。僕の手元にあるのは、21刷目。重版に重版を重ね、売れ続けている本である。
 本書で「ぼく」と「母ちゃん」が遭遇するものは、ざっくりといえば「差別」と「分断」だ。現代において、それらは一見なくなったように見えて実は可視化されにくくなっただけだったり、解決どころかよりややこしくなっていたり、ジェンダー(LGBTQの問題を含む)の問題のように、新しい視点が必要だったりする。
 本書は、英国の「荒れている地域」のお話だ。こういった舞台ですぐにパッと浮かぶのは、人種差別やヒエラルキーによる差別といったところか。だが人種差別ひとつとっても、白人→有色人種という単純なものばかりではない。移民同士の中でさえ、いや、むしろ「〇〇とそれ以外」の、「それ以外」の中こそ、分断や差別はより苛烈になることもある。居住地域による教育や経済の格差、差別感情(明確な意識ではなくても「感情」を持ってしまう人は多いのでは)などは、現代日本でも身近に感じるものではないだろうか。「正しさ」で殴り合う人々や、特定の国にルーツをもつ人たちへの悪罵なども、SNS界隈ではあるあるすぎる光景だ。これは、遠い国だけで起こっている話ではない。

 それらの問題が渦巻く世界のなかで、「ぼく」は、一つ一つの問題にぶち当たりながら、それを解決(あくまでも個人的なレベルで)していく。その過程が実に男前なのだ。本書をドキュメンタリーとして読むのであれば、差別や格差、英国の穴だらけの福祉(実際読んでみて「うわぁ……」と感じた)などのファクトの部分を読んでいく読み方となるが、僕は「ぼく」と、彼を取り巻く子ども達の、成長と青春のストーリーとしても、是非読んでほしいと思う。読み終えたあと、「ぼく」の目線と「母ちゃん」の目線で、自分の住む世界をもう一度見直す。本書の言葉でいうならば、「誰かの靴を履いてみること」で、きっと様々な気付きがあるはずだ。

もし僕に娘がいたら、 「モテない男には近づいてはいけない」 と教えると思う。

 もし僕に娘がいたら、
「モテない男には近づいてはいけない」
 と教えると思う。偏見ではなく、経験上。

「モテる」の定義に語弊があるとまずいから釘を刺すけど、沢山の女の子と浮名を流すというような事じゃない。ただ、相手の前で卑屈にも尊大にもならず、健全な関係を築けること。フラットに穏やかに、楽しく時間を共有できるスキルは必要なので、一定の「女慣れ」は必須。ザックリいってしまえば、「余裕」と言われるもの。

 モテない男、というか、余裕のない男が取りがちな心理的行動は2種類あると思う。「過剰な神聖化」か「ミソジニー」。誰もがただの人だから、そういう行動言動扱い方は、どっちにしても、その相手を傷つける。先に「経験上」と言ったのは、過去、僕自身がそのような男だったから。この手合いは、強く相手の愛情や優しさと承認を求め、しかし自分から与えることはできない。ただただ奪うだけ。

 優しさや憐れみから彼に接したとしても、恐ろしい勢いで愛情や優しさのリソースを奪い、感謝どころか牙を剥く。優しい言葉をかければ「信じられない!」噛みつかれ、「わかるよ」と寄り添えば「俺の辛さがわかってたまるか!」と、言葉のナイフで斬りつけられる。要は、甘えているだけなんだけど、やられる方はたまったもんじゃない。
 優しくされた経験、受け入れられた経験に乏しく、このような仕上がりになってしまう男は沢山いる。かつての僕のように。

 そのしんどみは、痛いほどわかる。かつて自分自身がそうだったから。でも、自分が被害者ではなく加害者になっていること、傷つけられているのではなく、相手を傷つけていること、男とか女とかでなく、人間同士としてお互いを信じるマインドがないと、その先に進めないことに気づかない限り、与える側のどんな愛も優しさも徒労に終わるばかりか、愛ではない依存によって、与えてくれた相手を脅かす存在にしかならない。

 そういう男が幸せになる第一歩は、自分の中の「歪んだ鏡」を粉々に砕くこと。
 人間同士として向き合うことが出来ていないうちは、相手を変えたところで同じことの繰り返しになる。自分で気づいて自分で変わる、変えていくことがまず必要。そうすることで、一方的に愛や承認を貪るモノとしてではなく、尊重すべき他者として相手を見られるようになると、思っていたほど世界は冷たくできていない事に気づくはず。

「誰でもいい」という訳ではないでしょう?
「いや、オレは誰でもいい!」というなら、残念だけれどまだこの先の段階には至れない。
 だって相手にとっては、「あなただから」選ばれた存在ではないんだもの。十把一からげの存在として扱われることに耐えられないことは、自分自身がよくわかっているはず。まずは広く浅くフラットに、男とか女とかではなく、沢山の人と交流してみる。そうすることで、仲良くなれる人はできてくるはず。
 仲を深めて、相手の気持ちをよく観察して、自分の気持ちと向き合って、そうしてその全てが「カチッ」と嵌ったとき、初めて次のステージの扉が開く。

 恋でもそれ以外でも、仲良しの誰かができて、「奪う・奪い合う」のではなく、シェアできる関係を築けたなら、もうモテない男ではない。「愛する為のリソース」が、多少なりと自分自身にできた時、初めて他の誰かと愛情をシェアことができる。

「ない」から渇望する。でも、自分自身もそれを持っていないと、シェアするための原資がない。だから、最初はメチャクチャ辛い。その辛さは、僕もリアルにわかる。自分自身がそこにいたから。でも、そこに至る道は、自分が作り出した恐怖と狂気、それを生み出した歪んだ鏡を、粉々に砕き、自分と世界をちゃんと見直すこと。そこから、様々な人たちにまず与えることで、どんどんリソースは増えていく。古くから言われていることだけれど、愛情やリスペクトは「与えると増える」ものだから。

20201218_読書感想文 根本敬「真理先生」

1章は、一つのテーマを「ぽん」と上空に放り投げ、風まかせにふらふらと、あちらこちらの界隈の話や自身に起きた出来事と、頭の中を巡ったよしなしごとに言及しつつ、最後にはきっちり着地するような、そんなイメージ。穂村弘のエッセイにも同じ感覚を覚えたけれど、「書く側の人」がうっかり真似をすると、すべりまくって、とっても恥ずかしい思いをしそうなリスキーみを感じる。

 2章の小説が、また面白い。内容も当然ながら、構成も含め。

 物語で語られる人物の半生について、本人からそれを聞いたという人物が語り部となり、読者の耳に徹する主人公に語ってきかせる形式が、現在絶賛格闘中の、プラトンの「饗宴」を彷彿とさせる。そして、物語冒頭でざっくりと全体の骨子を見せた上で本編に導入する手法は、昨今の「読まれやすい」とされるブログの書き方を彷彿とさせ、最後は落語のようなオチで締めるという、様々な時代の文章の手法がミックスされた書かれ方なのだ。これは、「書く人」には是非一読をおすすめしたい。

 3章は、氏が見聞きし思った事象に対し、彼なりの見解を述べるようなものとなっている。これがまた軽妙な言葉を使いながら、濃厚な味わいが出されていて、書き手の端くれとしては、若干の嫉妬を覚えた。

 濃い。とにかく濃い。193P程度、物の数ではないとタカをくくって読み始めたが、背脂のギッシリ浮いたラーメンを、替え玉2玉計3玉食べたような充実感だ。しかもこのラーメン、導入の一口目があっさりしているのがまた曲者だ。

 世に書籍は数多あれど、再読に耐え得るものはとても少ない。この本は、数少ない再読可能な一冊だ。こういう本に、中学生時代に出会いたかった。

 まぁ、14歳なんですけどね。

べついちご。

 【ケイゾー♂(45)】1


二回目の射精の後の気怠い時間、ユミエは

「今日で終わりにしましょう」

と言った。

住まいは文京区のどこか。年収720万、二部上場メーカー勤務の夫と、高1の息子と中1の娘の3人家族。40歳の専業主婦で、フェラチオが抜群に上手い。キスをしたときの舌の絡め方と肌と髪の匂い。スキンレスで交わった時の、互いの体液が混ざり合う性器の中の感触。

3ヶ月の関係で俺が知ったユミエに関するインフォメーションは、ただそれだけだ。

風采の上がらない45歳の独身中年男にとって、セックスの対価として金も愛情も要求しないユミエのような女は得難い存在だったが、終わるものは仕方がない。去る者は追わず、なんてカッコの良いものじゃない。引き止める材料が、俺にはないだけの話だ。

「昨夜夫とね、7年ぶりにしたの」

「ああ」

「彼、泣きながら言ったのよ。『いままで済まなかった』って」

「ああ」

知るか、という言葉をグッと飲み込む。

先刻の交わりで胎内に放たれた精液を太腿の間から垂れ流しながら夫との和解を語る女の声に、積極的に聞きたくなるような響きはなかった。

先程まで俺の体の下で上げていた嬌声の方が、余程耳に心地よかった。

「わかった。元気でな」

「ええ、あなたも」

――ああ、『新しい男』によろしくな。

そもそも、俺がこの「ニコニコメール」に登録したのは、仕事上の理由だ。

エロ系で食い繋ぐ零細出版社の編集者兼ライターである俺は、「実録・オットの知らない妻の乱れる性」というタイトルの全4回の集中連載を一本任されていた。

出会い系サイトで婚外恋愛相手やセックスフレンドを探す既婚女性や、「割り切り」と呼ばれる売春行為に手を染める女達に実際にサイト上で会って取材を行い、記事にする。エロ雑誌の企画なので、いかに簡単にセックスに持ち込めるか、女達がいかにイージーに股を開くかといった内容を、ありもしないエピソードを交えて煽り続ければ良いだけの簡単な仕事を、俺にしては珍しく、実に真面目にこなしていた。

男性会員がサイト内で女性のプロフィールを確認したりサイトメール(サイト内のみでやりとりできるメール)を利用するために必要なポイント購入代金は、経費で落ちた。

【ユミエ♀(40)】と出会ったのは、その頃だ。はじめは取材対象として、そのうちセックスフレンドとして。

非日常を求めるユミエと、日々がネタ探しで日常が存在しない俺との相性は、悪くなかったと思う。歌舞伎町のラブホテルのジャグジーでシャンパンを浴びながらセックスをした時は、髪についたシャンパンの香りを、いつまでも気にしていた。

らしくない感傷をぬるくなったビールで飲み下し、「ニコニコメール」のけばけばしいメイン画面を見る。

右上に、[22P]の表示。約220円分のポイントが残っていた。

記事の連載期間は、とうに終了していた。頑として個人情報を明かさなかったユミエとの連絡手段の為だけにポイントを買い足してきたが、それも今日で終わりだ。そのまま退会しても良かったが、220円とはいえ、みすみす捨てるのは勿体無い。ネタ探しと実益を兼ね、掲示板を巡る。そういえば取材対象は既婚女性ばかりだったので、10代20代の女はそもそも対象から外していた。一通5Pのサイトメールも、22Pあれば4通やりとりできる。割り切りの女との交渉なら、それだけあれば充分だ。最後に若い女を抱いてみるのも悪くない。

つい先刻、ユミエの膣内に2回も精を放ったというのに、現金にも再び股間が熱を帯びる。それを宥めながら、俺は高速で画面をスクロールさせる。

その手が、即会い目的の18歳の女の投稿で止まった。

【今から】

[お願いありで池袋で会える方]

ビンゴだ。うっかりプロフィール画像をクリックするとポイントを消費してしまうので、サムネイルを拡大して見る。

顔は十人並だが、スタイルは悪くなさそうだ。サイトの若い女の自撮り写真は、目の覚めるような美人が多いが、多くは「援デリ」と呼ばれる闇風俗の業者だ。実際に会う段になると、写真とは似ても似つかない女が登場するのがお決まりだ。基準となる価格は、「別苺」の隠語で言われるホテル代別15000円。

容姿と年齢と地域によってこの価格は上下するが、これ以下の提示額は、まず見かけない。女の容姿が価格に反映されるのは、風俗と同じだ。別2、別3で募集をかけている女は、それなりに自分の容姿に自信がある。30代以上でそのラインの金額を提示している女と会ったことがあったが、ゾクリとする程の美人だった。

もう一度プロフ画像を確認し、掲示板下部のメッセージフォームに、オファーの旨の文章を入力する。

[こんにちは。掲示板を見ました。条件ですが、別 苺 で大丈夫ですか?]

6×6 (Six times Six)

ヤシカフレックスの正方形の薄暗いファインダーには、もう彼女は映らない。
当たり前の風景を逆像で映すファインダーから顔を離し、からっぽのキャンパスを見渡す。

熱気を帯びた空気に混じって響いてくる踏切の音が、やたらと耳にまとわりつく。
昼下がりの西武池袋線江古田駅にほど近い我が母校は、アスファルトの熱気によって陽炎のように揺らいでいた。じわりと汗ばむ午後の日差しを浴びながら、僕は友人を待っていた。
もっとも、僕達が『友人』でいられるのは、今日で最後かも知れないが……。


ファインダーに映った『彼女』にまつわるアクシデントが発生したのは、ホンの3日前のことだ。夏休みとはいえ、グループ展の準備に忙しかった僕は、校内にいた。

デジタル化の進行で撤去されるかと思いきや、どっこい生きてる学内の暗室で現像作業をしていた僕は、暑さで朦朧とする頭での暗室作業で、定着の工程をダイナミックにすっ飛ばしてしまい、貴重なILFORDの120フィルムを1ロール無駄にした。

きょうび、撮影フィルムは貴重だ。入手性も悪く価格も高い120フィルムに至っては、一本1,000円以上もする。貧乏学生に1,000円は貴重だ。大学にほど近い名店、『麺や金時』のラーメンを食ってまだお釣りが出る程の額だ。お世辞にも裕福とは言い難い親の脛を齧っている身としては、その他生活に係る費用については自らの労働で賄う必要がある。先月の給料日に食べた金時の塩ラーメンの艶やかなスープの味を、おぼろげな記憶の中で反芻しつつ、酢酸の臭いが充満する灼熱の暗室を出ると、僕は喫煙所へ向かった。
手持ちのKodac 400TXをカメラに詰める。尻ポケットをまさぐったが、生憎タバコは切らしていた。

全く、何もかもが上手くいかない。

セーラムライトの代わりにシャツの胸ポケットに刺さっていたボールペンを咥え、人気のない夏休みのキャンパスにレンズを向けた。無限遠からフォーカスを合わせていくと、そこに、『彼女』がいた。

かなりオーバーサイズの、マス目の大きい赤✕白のギンガムチェックのジャケットに、やたらとダブダブなのに裾のテーパーがきつく、丈も中途半端な、妙なシルエットと色落ちのジーンズ。
海外のキャンディのような派手な色のフレームの大きな眼鏡。小学生のような幼い顔立ちと、その唇に銜えられた細いタバコ。全てがアンバランスな女だった。

僕は、夢中でシャッターを切った。

ナツノウミ〜結子SIDE〜

「ママ、ハルちゃんがね……夏休み、海に行くんだって……」

夏海が消え入りそうな声で言う。

「そっかー……」

聖がこの世界からログアウトしてしまってから、つまり夏海が産まれてから8年、文字通り馬車馬のように働いて二人の生活を守ってきた。
友人知人、親戚や聖のお母さんまでサポートしてくれたおかげでなんとか転げ落ちずに済んだのは僥倖だったけれど、スキルも資格も学歴もない女が「まっとうな」生活を維持するのは、やはり大変だ。
トリプルワークの掛け持ちに汲々とする日々の中、一番大切な存在を等閑にしていた。

「うん、じゃあ私達も海、行こっか♪」

勿論簡単な話ではない。
午前中〜ランチタイム終了まで働いているレストランと夕方までのスーパーの仕事、夜働いているバー、全ての休暇をもらうことは難しい。
しかも夏休み。書き入れ時だ。
けれどやっぱり、夏海にはちゃんと教えておきたい。
聖の事、聖と私の事。夏海が産まれてくる前の、私達のストーリィを。

「いいからいいから、たまには楽しんできなさいって」

案ずるより産むが易し。思い悩んだのが思い過ごしであったかのように、昼の職場も、最後に休日の打診をしたバーのマスターも、快くOKをくれた。丸一日のお休みなんて何年ぶりだろう。
前日にしっかり洗車をしておいた真っ赤なアルトはピカピカだ。
職場のスーパーで貰ってきた見切り品のハムと頂き物の卵で、夏海とサンドイッチを作る。キッチンに二人で立つのは、多分今日が初めてだ。
バター、マヨネーズ、キュウリ、ハム。初めての割に器用に夏海が具材を並べていくのを横目にオムレツを焼く。私の玉子サンドは「焼き」だ。ふんわり焼いた卵をパンに挟んで半分に切る。うん、理想的な断面だ。
割と近所なのに一度も入ったことのない高速道路の入口から、一路、海へ向かう。私は夏海と子供のようにきゃあきゃあとはしゃぎながら、アルトのアクセルを踏む。
幾つかのICを過ぎ、休憩に入ったSAを過ぎて下道に降りると、いきなり左手に海が広がる。
銀の鱗のようにキラキラと輝く水面に、夏海は溜息をつく。少しだけ開けたウィンドウから入る潮風が幸福な記憶を喚起させ、私の鼻をツンとさせる。
目指すはあの砂浜。あの日、私達が居たあの砂浜……あった!
私と聖の、秘密の場所。
キュロットを穿いた素足の夏海が、恐る恐る波に触れる。誰も居ないこの場所。波の音しか聞こえない。

さぁー
さぁー

あの日聞いた波音。そして、一緒に聞いた……聖の胸の鼓動。
熱い吐息も、私を抱きしめた力強い腕の感触も、全部全部覚えてる。
かわらぬ景色に、ただ、君だけが居ない……こんなに愛しい君は、もう永遠に喪われてしまった。
不思議な事に、悲しくはない。
麻痺してしまった、というのでもない。私は聖の存在を、今でも感じている。聖は肉体の衡から放たれたことで、より一層大きな愛で私達を包んでいると感じている。
はらり、と、私の頬を伝う水の感触があった。

「ママ!どうしたの?どこか痛いの?」

違う。違うの夏海……ママはね、嬉しいんだ。
すごく、すごく……愛しくて苦しい程。

「違うよ、夏海……ママね、嬉しいの。ママね、パパのこと思い出してたの」
「パパって、どんな人だったの?」
「素敵な人よ。世界一素敵な人」
「いまでもパパのこと好き?」
「うん、大好き。パパとママはね、この海で出逢って、恋して、そして夏海が産まれたの。夏海は、パパがママにくれた、最高のプレゼントなのよ。だから夏の海で夏海。私達の愛の証」

そう、あなたは私達の愛の証。聖が私に託した、かけがえのない宝石。

「ママ、なんだか可愛いね♪」

気づかぬうちに、随分おしゃまになっていた娘。年下のクセに私を子供扱いしていたあなたにそっくり。小さな肩越しにあなたが笑いかけているようで、私は多分ちょっと照れたような笑顔で、こう答える。

「えへへ、ありがと♡」

さあ、今こそ伝えよう。聖と私と夏海の、これまでのストーリィを。そして紡いでいこう。聖、あなたも一緒にね。

ナツノウミ 〜なつみSIDE〜

海をみたことがない。
このあいだ8さいになったけど、わたしはいちども海をみたことがない。
山にかこまれた、りんごとおそばとわさびがめいぶつのここで、わたしは生まれた。

わたしはパパをしらない。
わたしに「なつみ」となまえをつけたパパは、とおいとおいむかし、お空にいってしまったんだって、ママがいってた。
だから、ちっちゃくてはたらきもののママだけが、わたしのかぞくだ。
一がっきのさいごの日、なかよしのはるちゃんとおうちにかえるとき

「ことしはみんなで海にいくの♪」

ときいた。
いいなぁ……わたしも海、みてみたい。
だいたい、パパはなんでわたしに「夏海」なんてなまえをつけたんだろう?ここには海なんてないのに。

おゆうはんのじかん、アジのひらきをつつきながら、わたしはそんなことをかんがえていた。じょうずにたべられなくて、おさかなはどんどんつめたくなっていく。
このおさかなも、海からきたんだよね……。

「なつみ〜、早く食べちゃいな〜」

あらいものをしながら、ママがわたしに声をかける。
今日も、ワシャワシャしていいかげんみたいなのに、なぜかかわいくキマってるヘアと白いシャツにジーンズ。
いつもかわいくてモテモテのママは、私のじまん♪
ママは、これからまたおしごとだ。

「ねー、ママ……」

そのときわたしは、ちょっとだけためらいがちだったと思う。
だってママは、まいにちいっぱいはたらいてる。ひるもよるもずっと。だから、それをいったら、きっとおかあさんはこまってしまう。だけどそれは、私の口からぽろりとこぼれてしまった。

「ママ、はるちゃんがね、なつやすみ海にいくんだって……」
「そっかー……」

わ!いっちゃった!
私は、おそるおそるママのせなかを見る。
おなべについたおこげを取るのをあきらめたママは、てんじょうを見てふぅとためいきをついた。こまっちゃったかな?それともおこっちゃった?
私はなんだかぎゅうっとなってしまって、やっぱり言うんじゃなかったとおもった。

「あのね、ちが……」
「うん、じゃあ私たちも海、行こっか♪」
「……え?」

おもってもなかったママのことばに、わたしはびっくりしてしまった。

「え!え!? でも、おしごと……」
「大丈夫だよ、一日くらい♪ 夏海は海、行ったことなかったもんね」

あれよあれよの間に、ママは3つのしょくばぜんぶにおやすみしますといって、ママのちっちゃな車で海にいくことになった。
ママはごきげんでハンドルをにぎってる。
サンドイッチ作って、バスケットにつめて、ママとわたしをのせて車がはしる。

はじめてのこうそくどうろに二人でキャーキャーいって、はじめてサービスエリアに入ってまたキャーキャーいって、こうそくどうろをおりると、わたしたちの目にキラキラの海がとびこんできた!

車をおりると、ふしぎなにおいのする風がふいていた。
ざざーっ、ざざーっという音が、いろんなところからきこえる。
はじめてみた海は、えのぐセットのあいいろをたくさんとかしたみたいに青くて、なのにちかくの水はとうめいで、なんだかふしぎ!

「夏海、海、入ってみよっか♪」

ママにいわれて、ぴた、と海の中に足を入れてみる。足の下のすながどんどんなくなっていくかんじがおもしろくて、わたしはむちゅうになる。
なんだかたのしくて、ママにもおしえたくてふりかえると、ママが目になみだをいっぱいためてないていた。

「ママ!どうしたの?どこかいたいの?」

ふるふると、ママはあたまをふってちがう、って言う

「かなしいことあったの?わたしがママをかなしくしちゃったの?」
「違うよ、夏海……ママね、嬉しいの。ママね、パパのこと思い出してたの」
「パパって、どんなひとだったの?」
「素敵な人よ。世界一素敵な人」
「いまでもパパのことすき?」
「うん、大好き。パパとママはね、この海で出逢って、恋して、そして夏海が産まれたの。夏海は、パパがママにくれた、最高のプレゼントなのよ。だから夏の海で夏海。私達の愛の証」
「ママ、なんだかかわいいね♪」
「えへへ、ありがと♡」

ママは、なきながらわらった。
うん、ママはかわいいよ。こんなにいっしょうけんめい、いなくなってしまっても、ずっとパパをすきなママを、わたしはすごくかわいいとおもった。
こんなにパパをすきなママも、こんなにかわいいママをすきでいっぱいにしちゃったパパも、とってもすてきだとおもった。

おとなになったら、わたしもあえるかな?
ママにとってのパパみたいなひと♪

Hand in Hand【第2回note SSF 出品作品】

”ワカメ大仏”というあだ名を付けられた時、クラス中に失笑が広がった。
癖の強い天然パーマに厚い唇。170cmを超える身長の私を的確に表現したそのあだ名は、13歳女子の心にザックリと突き刺さり、傷口に砂を擦りこまれるような日々が始まった。絶え間なく切りつけられた心は血を流し、塗り込められた砂は、傷に馴染む事なく痛みを与え続けた。
私の心は、鼓動を失った。

教室から逃れる為に籠っていたトイレからの帰り道、ドンと私の胸に「何か」が当たった。豪快に弾き飛ばされたのは、「何か」ではなく「誰か」だった。

「あ、神山」

大の字に廊下に転がった同じクラスの高垣が、私の名を呼ぶ。クラス最大女子の私とは真逆の最小男子の高垣は、小さくて軽い。ぶつかった拍子に落としたと思しき本の表紙には、アニメ風な美少女の絵が描かれていた。

「……ごめん」

普段家族とすら話をしない私は、声の出し方がよくわからない。ちゃんと聞こえただろうか? おかしくなかっただろうか?

「神山!」

立ち去ろうとした私を、高垣が強い声で呼び止める。ああ、また何か言われるのかな……
びくびくとしながら立ち竦んでいると、高垣が私の手を取り、真剣な瞳で私を見つめていた。

……え? 何!?

「神山、モデルやってくれない?」

高垣曰く、高垣の所属する美術部の文化祭の展示としてモデルデッサンを展示するらしい。そのモデルに、私になって欲しいというのだ。

「え……やだ」

私がモデル? 有り得ない。

「なんで?」

それはこっちの台詞だ。同じクラスの高垣が知らないはずがない。私がクラス内でどの様に扱われているのか。

「高垣に迷惑かかるし」
「え? ああ……そういうコト」
「うん」
「大変だよな、神山も。でも、大丈夫」
「……」
「僕が描きたいのは、神山の『手』なんだ」
「……え?」

その日の放課後から、私は高垣のモデルになった。制服のブラウスの袖を肘まで捲り、指を、手を様々に動かす。

「ストップ」

高垣的にイイ感じらしい角度でストップがかかる。

5分、6分、7分。キツい。段々しんどくなってくる。

「ねぇ」と呼びかけようと顔を上げると、真剣な表情で私の手を見つめていた高垣の視線とぶつかった。眼鏡越しの瞳が、熱を帯びている。心臓が全身に血を送り出す。私は数年ぶりに、自分の体温を感じた。

来る日も来る日も、高垣は私の手を描いた。描き描かれる間、私達は殆ど言葉を交わすことはなかったけれど、開け放たれた窓から、野球部の掛け声や吹奏楽部の楽器の音が風に溶けて入ってくるこの空気を、私は少しづつ気に入り始めていた。
シャッ、シャッと、スケッチブックの上を鉛筆が走る。その音の先の、高垣の指先を見る。
細い指。地黒な私とは対象的な、白い肌。でも、手の甲に浮き出る骨や太い血管、指の骨の無骨な造形が、高垣も男の子なんだな、と、私に強く感じさせる。

触ってみたいな。
ふと、そんなふうに思った。

「ねぇ、高垣」
「ん?」
「モデル、なんで私なの?」

鉛筆の音が止まる。

「神山の手が、一番綺麗だったから」

高垣が、ぽつ、と呟く。
顔が熱い。高垣の頬が赤く染まっているのは、傾いた陽光のせい?

「高垣の手も、かっこいいよ」
「え?」
「描いてる時の手、カッコいいな、って、ずっと思ってた」

ガタッ、と音を立て、高垣が立ち上がり、私に歩み寄る。私も、はずみで立ち上がる。150cm足らずの高垣が、上目遣いに言う

「神山……指、触ってもいい?」
「……うん」

おずおずと、高垣のひんやりとした指先が、私の指先に触れる。
鼓動が、どんどん早くなる。指先まで心臓になってしまったみたい。
私は勇気を出して、高垣の指に、指を絡めた。
胸がぎゅうっと切なくなって、私は思わず溜息をつく。

「あー! 高垣と大仏がエロい事してるー!」

静謐な空気を破ったのは、クラスのチャラ男、大下だった。

翌朝の教室は、久しぶりの獲物にありつく肉食獣の狂宴だった。
『大仏/チビ』と書かれた大きな相合傘と、沢山の下卑た言葉が書かれた黒板。クスクス笑いは狂笑に変わり、クラスの派手目な連中が堰を切ったように囃し立て始める。他の連中は、遠巻きにだんまりだ。

くやしい。
私の事なら、何を言われたっていい。高垣が、私を『綺麗だ』と言ってくれた高垣がバカにされる事が耐え難かった。例えそれが、手というパーツ限定のことであったとしても。
バン! と机を叩いて立ち上がり、囃し立てる連中をキッと見据える。けれど、いくつもの冷笑が、私を怯ませる。

崩れ落ちそうになった時、力強い手が私を引っ張り、教室外に連れ出した。手を繋いだまま、屋上に駆ける。階段を登りきると、手の主は私に向き直り、言った。

「神山は、綺麗だよ」

高垣は跪き、私の手に口付けた。
こらえていた涙が不意に溢れ、私はわぁわぁと声をあげて泣いていた。
熱い涙が溢れ落ち、冷え固まった心を溶かす。

強くなる。
高垣がバカにされないような私になる。

私は、そう決意した。