この上のない間の抜けた挨拶に、彼女は怯えたようにコクリと頷いた。
「初めまして……だよね? 芸大の人?」
「そうだけど……あなたも?」
初めて聴いた彼女の声は、見た目にそぐわぬ落ち着いた響きだった。
「うん、そうだよ。写真学科の3年の戸川。君は?」
「美術学科、3年の若宮トーコ。あっちのやたらデカイ女の子は、あなたの彼女?」
「いや、友達だよ。彼女は野宮。文芸学科の3年だ。彼女がみえるの?」
「ええ。というかアナタ、一体どうやって『コッチ側』に来たのよ?」
「コッチ側?」
「そう、『コッチ側』。あなたと私が今いるこの世界のこと。本来、アナタ達のような人は来られないハズなのだけれど……」
―――おーい。
おーい、戸川ーーー!
遠くから野宮の声が聞こえる。近くに居るはずの野宮の声が、なぜだかとても遠い。
「呼んでいるみたいよ?」
「ああ。野宮には、僕達の声は……」
「聞こえていないでしょうね。本来、見える事だってあり得ない世界だもの」
「それって、死後の世界……ってやつ?」
「少し違うわね。うーん……そうねぇ……」
トーコは少し考えこんだ後、いい事を思いついたとばかりにうんうんと頷くと、僕の顔を見上げ、言った。
「明日、私とデートなさい。そしたら、教えてあげるわ」
首を傾げ、ウィンクをするトーコの姿が、急速で遠ざかる。後頭部に強い衝撃を受けた僕の意識が、ゆっくりと闇に溶けていった。