6×6 (Six times Six)

AM11:30。
駅近くの細い通りにある書店の並びのカレー屋で、ラッシーをストローで吸いつつ、僕はぶっくりと腫れた後頭部を撫で、傍らにいる野宮をじっとりと睨む

「だから、悪かったと言っているだろう! いい加減女々しいぞ戸川」「…………」

昨日、トーコからデートの誘いを受けた直後に僕の意識を刈り取ったのは、誰あろう野宮だった。

「いや、良くないものに魅入られて連れて行かれるなどというのは、よく聞く話じゃないか。心配したんだぞ!」
「それは聞いた。問題はそのシチュエーションでのお前の行動だ、野宮」

トーコのいる『あっち側』に行っていた間、僕は一人芝居の練習をする役者のようだったという。
何度声をかけても反応せずに一人芝居を続ける僕を、さすがにマズイと思った野宮が取った行動が、ヤシカのフレーム外に僕を『すっとばす』ことだった。
プロレスファンの野宮のラリアットを喉元に食らった僕は、野宮の目論見通りヤシカのフレームから外れた。長身の野宮の腕から繰り出された伝説のレスラーの必殺技は思いのほか綺麗にキマり、吹き飛ばされた僕は、したたかに教室の壁に後頭部を叩きつけられたという訳だ。

「だが、非力な私が動かないキミをカメラのフレーム外まで担ぐというのは、更に現実的ではない選択だぞ?  私は、次善の策だったと思う」
「……カメラの方を動かせばよかったんじゃないか?」
「!」

俯いた野宮の耳が、みるみる朱く染まっていく。紙のように白い野宮の肌は、体表面の血液の巡りが実によく見える。この分だと、野宮の顔は更に真っ赤だろう。

「……もしかして、気づかなかったのか?」

こくり、と頷いた野宮を見て、これ以上の追求は無意味と判断した僕は、昨日の教室での出来事についての話を切り出した。

「それで、僕が『あっち側』に行っていた間のトーコの声は、野宮には全然聴こえていなかったんだな?」
「ああ、キミがカメラのファインダーに映って、彼女と話し始めた瞬間から、聞こえたのはキミの声だけだったよ」
「ファインダーの中はどうだった?」
「キミが彼女と何やら話しているのが見えたよ。やけに楽しげだったな……」
「得難い経験ではあったよ」
「で、何故そこからデートになるのだ?」
「知らん。言い出したのはトーコだし、その意図を問いただす前に、野宮にリングに沈められたからな」
「くっ……で、彼女が指定してきたのがココなんだな?」
「ああ」
「そうか……それで彼女、名は『若宮トーコ』と名乗ったのだな?」
「ああ。それが、どうかしたか?」
「いや、ちょっと引っかかってな……若宮……ワカミヤ……」
「今日は、やめておくか?」
「いや、約束をしたのであろう? 女との約束を反故にするような男は、割と最低だぞ。戸川よ、準備はいいか?」
「おう、どんとこい」

野宮がヤシカのファインダーを開く。
ふらりと目眩を感じ、頭を振ると、隣にトーコがいた。

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